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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)4118号 判決

主文

1  原告らが被告との間の雇傭契約上の従業員たる地位にあることを確認する。

2  被告は、原告らに対し、それぞれ、昭和五八年二月二二日以降本判決確定の日まで毎月二五日限り、月額別紙賃金目録当該原告欄中の平均賃金欄記載の額の割合による金員を支払え。

3  原告らの別紙賃金目録記載の金員支払いを求める訴えのうち、本判決確定後の金員の支払いを求める部分を、いずれも却下する。

4  訴訟費用は、補助参加人につき生じた部分は同人の、その余は被告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文1・4項(但し補助参加人に関する部分を除く)と同旨および主文2項のうち「本判決確定の日まで」の文言を除いたものと同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも、昭和五八年二月二一日当時、被告との雇傭契約に基づく被告の従業員であった。

2  原告らは、昭和五七年一一月から昭和五八年一月(但し、原告中原清は昭和五七年一二月と昭和五八年一月)の間、被告から毎月二五日払、等の賃金約定に基づき別紙賃金目録中の一一月分、一二月分、一月分(但し、原告中原清については一一月分を除く)欄各記載のとおりの額の賃金の支払を受けており、その一ケ月平均の賃金額は、同目録中の平均賃金欄記載の額であった。

3(一)  被告は、原告らに対し、昭和五八年二月二一日午後六時ころ、被告と被告補助参加人(以下参加人組合という)との間のユニオン・ショップ協定(以下、本件ユ・シ協定という)に基づき原告らを解雇する旨口頭で告知して解雇の意思表示(以下「本件解雇」という)をなし、以降、原告らを就労せしめない。

(二)  しかしながら、これより先、原告らは、右同日午前八時半ころ、参加人組合に対し、脱退届を提出して同組合を脱退したが、即刻、訴外運輸一般労組神戸支部に加入し、その旨を同日午前九時一〇分ごろ被告に通告した。

(三)  したがって、本件ユ・シ協定の効力は原告らに及ばないから本件解雇は正当な理由を欠き、解雇権の濫用として無効である。

4  よって、原告は、いぜん被告との間の雇傭契約上の従業員たる地位にあるところ、被告が争うので、被告との間で右従業員たる地位にあることの確認を求め、原告ら各自に対し昭和五八年二月二二日以降毎月二五日限り別紙賃金目録中当該原告欄の平均賃金額欄記載の額の割合による賃金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1、2、3(一)、(二)の事実は認め、同3(三)、4は争う。

三  被告の主張

1  先に認めた被告参加人組合間の、昭和五六年八月五日付本件ユ・シ協定は、「(1)被告に所属する海上コンテナトレーラー運転手は、双方が協議して認めた者を除き、すべて参加人組合の組合員でなければならない。(2)被告は、被告に所属する海上コンテナトレーラー運転手で、参加人組合に加入しない者及び参加人組合を除名された者を解雇する。」旨の約定であるところ、以下の理由で、右本件ユ・シ協定の効力は参加人組合を脱退し別組合に加入した原告らにも当然に及ぶものである。

(一) もともとユ・シ協定は一事業場内におけるすべての労働力を単一の労働組合が統制し、これによって当該労働組合が、使用者との間の団体交渉における交渉力を強化することを最大の目的とするものであって、形式的には非組合員の団結せざる自由や団結選択の自由を侵害せざるをえないが、右単一労働組合による交渉力の強化によって労働者側に有利な労働条件をかちとることに通ずるから、労働組合法は、高次の団結権保障の立場からその合法性を容認しているのであって、右ユ・シ協定の本質を考慮すると、同協定は、複数の組合が併存している場合にも有効に機能すると解すべきであるし、非組合員が既組織と未組織とでその適用を区別する根拠はないというべきである。また、かりに一企業に複数組合が併存しているような場合、一方組合とのユ・シ協定に基づいて他方組合員を会社が解雇することはできないとする考え方を是認するとしても、本件のような組合が一個しか存在しない場合に労働者がいわゆる組織選択権を行使して自らの選択する別個の労働組合を結成する権利があるとは到底いえず、もし、これありとするならば、未組織労働者、脱退者、被除名者に対して、会社のもつ解雇権の脅威を通じて組合の組織力、統制力の強化拡大を目的とするユ・シ協定の効力は実質的に全面否定されてしまうことになるからである。

(二)(1) 仮に、一企業に複数の労働組合が併存している場合一方組合とのユ・シ協定に基いて他方組合員を会社が解雇することができないとする見解に立つとしても当該他方組合員が、脱退前に加入していた労働組合において反組合的でかつ除名に値するような行動をとっていた場合には、例外であって、右ユ・シ協定の効力は右組合員に及ぶものと解すべきである。けだし、除名に値するような、労働組合に対する反価値的態度のあった者の団結権をもともと考慮する余地はなく、また、右のような労働者がその後他労働組合を結成するかあるいは会社外の既存の労働組合に駆け込むことによって、ユ・シ協定の適用を免れ解雇されず会社外へ放遂できないとすれば、労働組合に対する反価値的行動を行った者に対して、当該組合が除名という統制権により団結を維持するという労働組合の組織が破壊されることとなり、結局ユ・シ協定の実質的な全面否定に連なるからである。

(2) これを本件についてみると次のとおりである。

(イ) 参加人組合は当初より組合民主主義の下で正しい労働運動を展開して来たところ、昭和五〇年七月九日に参加人組合三井倉庫港運分会(以下、分会という)が二一名の海上コンテナトレーラー運転手のうち原告らを含む一七名によって結成された。

(ロ) ところが、原告らは、分会の推進する民主的階級的な労働運動を否定するにとどまらず、組合活動や学習会等にも参加しないばかりか、組合民主主義にとっても最も重要な職場集会にすら出席を固辞し、出席した場合にも反組合的言辞をくりかえしてきた。

(ハ) 参加人組合が、本件ユ・シ協定を締結した際にも、原告らは、右協定の趣旨、目的を曲解し、「組合活動の強制制度」と受けとめ、組合離れの度を増し、ついに本件脱退に至った。

(3) 以上の経過に照らせば原告らは組合民主主義の下で正しい労働運動を展開してきた参加人組合の組織の統一と団結を乱し、さらには、参加人組合に対する誹謗中傷を行って労働組合の名誉を侵害する等の行為を行なってきたものというべく、原告らのこれらの行為は除名に値するような参加人組合に対する反価値的態度があったといわなければならない。したがって、原告らの団結権は何ら保障するに値しないものであるから、原告らには、本件ユ・シ協定の効力が及ぶというべきである。

2  仮にそうでないとしても原告らの所属する前記訴外運輸一般労組は、被告以外の第三者と別の訴訟においては、ユ・シ協定の効力が当該労働組合を脱退して他の労働組合に加入した者にも及ぶとの旨、本訴における原告らの主張と矛盾する主張をしておきながら、原告らが本訴において本件ユ・シ協定の効力が脱退後右運輸一般労組に加入した者には及ばないとの旨の主張(請求原因3(三))をなすことは権利濫用であり信義則に違背し許されない。

3  よって、本件ユ・シ協定の効力が原告らに及ぶというべきであるから、右協定に基づき被告が原告らを解雇するのは、正当な理由によるものである。

四  前項被告の主張に対する原告らの認否と反論

右被告の主張の本件ユ・シ協定約定は認め、同1(一)、(二)(1)は争う。いずれも、判例・通説に照らし成立しない主張である。同1(二)(2)(3)は、否認ないし争う。仮に、原告らに被告主張のとおりの行為があったとしてもこれが除名に相当する行為とはいえない。同2、3は争う。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因事実1、2、3(一)、(二)は当事者間に争いがない。

二  ところで、被告は、本件ユ・シ協定の効力が原告らに及ぶことを前提に本件解雇は右ユ・シ協定に基づくもので有効であると主張する。

1  そこで、まず、ユ・シ協定を締結している労働組合の組合員が右組合を脱退した後直ちに既存の他の労働組合に加入した場合に右ユ・シ協定の効力が右の労働者に及ぶか否かにつき考える。

(一)  ユ・シ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に、使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化をはかろうとする制度であり、このような制度としての正当な機能を果たすものと認められるかぎりにおいて、憲法二八条が労働組合の団結権を保障している趣旨にそうものとしてその効力を承認することができるものであるところ、一方同条は、団結権の保護に値する自主性を有する労働組合に対しては、組合員数の多数、少数を問わず平等に団結権を保障し、ある組合の団結権に他の組合の団結権に優越する地位を認めることを許していないのみならず、個々の労働者の労働組合をそれが企業内組合であると企業の枠をこえたいわゆる横断組合であるとを問わず選択する自由をも保障していると解されるから、ユ・シ協定を締結している労働組合の組合員が脱退し、その後相当期間内に同条で保障する団結権の保護に値する自主性のある組合に加入した場合には、たとえユ・シ協定を締結している労働組合が従業員の過半数を占める多数組合であったとしても、右ユ・シ協定は、特段の事情がない限り右脱退者に対してはその効力を及ぼさないと解すべきである。

(二)  これに対し、被告は主張1(一)のとおり反論する。たしかに、右主張のようにユ・シ協定締結組合からの離脱者に対して、同協定の効力が及ばない場合を認めることは、協定の効力を弱めることになることは否定しがたいところである。

しかしながら、自主性のある労働組合に加入した脱退者にまで同協定の効力が及ぶとすると、同協定を締結した労働組合の団結に優越的地位を認める結果となり、他組合の団結権が侵害されるのみならず、労働者の労働組合選択の自由、ひいては脱退者が他の労働組合に加入して現実に行使している団結権をも侵害することを容認することになるのであって、前記憲法二八条の法意に照らしこのような解釈は到底採用できない。したがってユ・シ協定自体の効力を減殺することがあるとしても、それは、憲法二八条がいずれの組合にも平等に団結権を保障し、労働者個々人に組合選択の自由を保障したためであってやむをえないものというべきである。

よって、右被告の主張は採用できない。

(三)  次に被告は主張1(二)(1)のとおり脱退者に除名事由あるときはユ・シ協定の適用を免れることはできない旨主張する。

しかしながら、労組は、利益団体にとどまらず、その存在目的についての信条、それを実現する運動方針等についての多様な考え方のうち、ある程度共通した特定の基本的な考え方に基づく結合体としての要素があるのであって、統制権発動事由としての除名事由の規定及び具体的該当性の判定も右特定の基本的考え方に基づきなされる側面を有するというべく、したがって、特定組合において除名事由に値すると評価されるべき労働者のすべての行為ないし態度が、直ちに、広範囲の組合を自由に選択して行使しうべき普遍的権利として当該労働者に与えられたいわゆる憲法二八条に基づく積極的団結権を否認するに足りるような普遍的な反価値性ありと評価されるものとは到底いえない。

のみならず、当該新組合結成、加入を目的とした当該組合員の脱退、結成、加入の一連の行動全体が既存組合において統制違反視されることが考えられるところ、この場合ユ・シ協定の効力が脱退者に及ぶと解する時は、脱退者が新しく加入した組合において一旦現実に行使している団結権がユ・シ協定締結組合の爾後の除名事由の主張という偶発的な原因によって覆減されるという、不安定かつ、不合理な結果を容認することになり、この限りにおいて労働者個人の組合選択の自由を制限し、かつ、当該組合の団結権をも侵害するに至るものであることは、前記1の除名事由なく脱退して他の組合に入った場合と本質的な差異はないというべきである。

したがって、右被告の主張はその余の点について判断するまでもなく採用できない。

2  最後に、被告の主張2についてみるに、右主張の真否はさておき同一の事物に関する訴訟において同一当事者が矛盾した主張をしたというのであればともかく、当事者も異なる別個の事物に関する訴訟において、仮に原告らが加入する労働組合が本訴と矛盾した主張をしたとしてもそれによって原告らの訴訟行為に何らの拘束が及ぶわけでもなく、各訴訟における攻撃防禦方法の選定は各当事者が自由になしうるところであるから、これをもって権利の濫用とか信義則違反に該当しないことは明白である。

よって、右被告の主張は採用できない。

3  そうすると本件においては、前記争いのない請求原因3(二)のとおり、原告らが、全日本港湾労働組合関西地方阪神支部から脱退した後、ただちに運輸一般労組神戸支部に加入した以上は、他に特段の主張立証もないので本件ユ・シ協定の効力は、もはや原告らに及ばないというべきである。

したがって右ユ・シ協定に基づいてなした本件解雇は正当な理由を欠き解雇権の濫用というべく無効という外ない。

三  右二のとおり、本件解雇は無効であるから、原告らは、いぜん被告の雇傭契約上の従業員たる地位を有するというべきところ、被告は、これを争い、請求原因3(一)のとおり原告らの就労を拒み、そのため原告らの右契約上の労務提供債務は債権者である被告の責に帰すべき事由により履行不能となっているから、民法五三六条二項により原告らは、それぞれ、被告に対し、本件解雇の翌日である昭和五七年二月二二日以降の不就労期間の所定のうべかりし賃金の支払を求める権利を有するというべきである。

そこで、この間の賃金についてみると、本件解雇前三ケ月間(但し、原告中原清は二ケ月間)の賃金の支払状況は前記争いのない請求原因2のとおりであったから、所定のうべかりし賃金額は右期間の平均賃金額、所定支払日は毎月二五日とみるのが相当であり、右平均賃金額が、別紙賃金目録中の平均賃金欄記載の額となることは計算上明らかである。

したがって、原告らは、それぞれ、被告に対し、本件解雇の翌日である昭和五七年二月二二日から毎月二五日限り月額別紙賃金目録当該原告欄中の平均賃金欄記載の額の割合による賃金の支払を求める権利を有するといえる。

ところで、右不就労期間中の所定のうべかりし賃金のうち、本件口頭弁論終結時である昭和五八年一一月一四日現在においていまだ弁済期の到来していない月額給与のうち本判決確定の日までの分については、前認定の被告の係争態様等弁論の全趣旨に照らし予めその請求をする必要があると認められるが、本判決確定の日の翌日以降の月額給与の支払請求については、全証拠によるも予めその請求をする必要があるとする事情は認められない。

四  結論

以上の次第であって、原告らの賃金支払いを求める本訴中、本判決確定の日後の賃金支払いを求める部分は不適法であるので、却下し、本訴請求中、原告らの雇傭契約上の従業員の地位の確認を求め、かつ、被告に対して、昭和五六年二月二二日以降本判決確定の日まで毎月二五日限り、月額別紙賃金目録のうち当該原告欄中平均賃金欄記載の額の割合による金員の支払を求める部分はいずれも理由があるからこれを各認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九四条を各適用して主文のとおり判決する。

別紙

賃金目録

但し中原清については右三ケ月平均欄記載の金員は、昭和五七年一二月分と昭和五八年一月分の二ケ月分の平均である。

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